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自分の出しているにおいには、よっぽど気をつけていないと鈍感になってしまうものだ。また、においはきつければきついほどに好き嫌いの出るもので、多くの人は無難な匂いを軽くまとう程度に留めている。しかし、疑うという事、自分を疑うという事を知らない人は、そんな事もおかまいなしに悪臭を振りまく事がある。そして、インターネットはそんなものまでも素早く迅速に広げてしまう。

世の中には色んな思想や信条がある。それはいい。個人の自由だ。その思想や信条をインターネットを使って発信する。これもいい。環境があるならば、色んな人と議論をして思想なり信条なり親交なりを深めれば良い。

ただ、自分が理解もできず人に説明もできないようなものを根拠に他人を罵倒する事だけは勘弁して欲しい。あまつさえそれを理解しようとしている姿に、罵声を浴びせるような人には嫌悪を感じずにはいられない。それは宗教の看板を付けていない宗教だ。理解しようとする行為自体が背信なのだと言われれば、確かにそんな宗教もあるのかもしれない。

そして、そんな看板無き宗教に傾倒し、思考を停止している人というのは意外と多いのかもしれない。だから、そんな疑う事を知らない人達を利用しようとするメディアの体質はいつまでたっても変わらない。結局メディアに対して上がっている猜疑の声はまだまだか細く、商業的にも大した影響を及ばすことの無いマイノリティの主張に過ぎないのだろうか?
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